家路はのんびり歩いて、その日の仕事を振り返ることにしている。
最寄り駅からの20分は、一人で考えにふける貴重な時間だ。
今日は、ある部下が大きな商談をまとめ、ある部下が失態を犯した。
悲喜こもごもな一日だった。
そんな複雑な思いも、我が家の玄関の灯りが見えるころには静まって、
ほっと一息ついて玄関の扉を開ける。
「おかえりなさい。今日は遅かったのね」
俺を迎える女房の笑顔。家に帰ってきたという実感が湧く。
それにしても、こいつは本当にいい顔で笑う。
器量は十人並みかもしれないが、この明るさが実にいい。
もちろん、そんなことを本人に言ったことはないが。
所帯を持って25年。仕事に明け暮れる毎日。いつも疲れを癒してくれたのは、家庭の温もりとうまい酒だった。今日も今日とて繰り返される、いつもどおりのやさしいひと時。
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溢れた湯とともに、今日一日の疲れが流れ落ちていく。
仕事終わりの熱い風呂は何よりのご馳走だ。
さっぱりして寝巻きに袖を通せば、いよいよ人心地つく。
そして、この後のお楽しみといえば晩酌と決まっている。
いささか自慢めいた話になってしまうが、うちの女房は料理が上手い。
金はかけずに手間暇かけて仕込まれた肴で一杯やるのが、
俺の日課でもあり、無上の楽しみでもある。
風呂あがりの心地よい火照りを感じながら居間に入ると、
座卓の上にはお気に入りの徳利とお猪口、品よく盛り付けられた色とりどりの刺身。
好物の鯛の昆布締めもあるじゃないか。
薬味に少し、穂じそが添えてあるってのもまたいい。
「今日はいい鯛が手に入ったからつくったの。〆は鯛茶漬けでどうぞ」

「今日もおつかれさまでした」
つがれた酒を、まず一杯、ぐいっと飲み干す。
人肌くらいの絶妙の温め加減。いつもどおり、しみじみうまい。
やっぱりこの女はたいしたもんだねと惚れ直すのも毎日のことだ。
それから、おもむろに刺身の皿に箸をのばす。
まずは鯛の昆布締め。昆布の淡いうまみが白身によく馴染んでいる。
鼻に抜ける香りを楽しみながらすかさず杯を傾ければ、
その余韻はやさしく洗い流されていく。
小さく唸る俺。それをニコニコ顔で見つめる女房。
何十年もの間、毎日のように繰り返してきたくつろぎの時間。
幸せってこういうことなんだろうなと考えながら、もう一杯。
うん、明日も張り切っていけそうな気がしてきたな。
